研究紹介

生体分子現象の一つ「糖タンパク質の膜動態」にフォーカスし、
生命系を理解し制御するための新たな反応化学技術「糖鎖ケミカルノックイン」の確立を目指しています。

マンガでわかる「糖化学ノックイン」

漫画家のことり野デス子先生が研究をわかりやすく解説してくれました! マンガを見る

はじめに

領域代表:生長 幸之助
産業技術総合研究所触媒化学融合研究センター・研究チーム長

私は反応化学分野でキャリアを歩んできました。しかし生命科学研究へと歩を進め、両者の革新へとつなげる展開はごく僅かです。
背景には、両分野のつながりが細く、お互いの課題共有が進んでいない現実があります。
反応化学が生命科学に及ぼせる波及効果はもっと果てしないはずだ――そんな確信をもとに、両分野の研究者が一丸となって取り組める「融合研究の場」を作りました。ここから生まれる新たな発見/予想外の展開を期待しつつ、領域一同、全力で取り組んで参ります。

研究内容

テーマは「糖タンパク質の膜動態」
鍵は細胞の膜にある
「糖鎖」「タンパク質」

細胞膜にある糖鎖とタンパク質を研究します

生物を構成する細胞を取り囲んでいる膜、細胞膜。
細胞膜には細胞内外の物質や情報の出入りを制御するなどといった多彩な機能があり、そんな膜を構成する要素のひとつが「糖タンパク質」です。
「糖タンパク質」は糖が鎖状の構造になった「糖鎖」と「タンパク質」が結合したもので、細胞の生理機能の維持や病気の発症に大きく関わります。

糖鎖

糖鎖

糖が鎖状に結合したもの。
糖自体様々な種類があるうえに鎖も様々な構造で形成されているため、解析しづらく、あまり研究が進んでいない物質。

タンパク質

タンパク質

アミノ酸が鎖状に多数連結してできた高分子化合物。
細胞膜には脂質の中に埋め込まれたり、脂質自体に結合した状態で存在する。

糖タンパク質

糖タンパク質

「糖鎖」と「タンパク質」が結合したもの。
細胞の生理機能の維持や病気の発症に大きく関わる。

反応化学や生命科学など異なる分野が協力し「糖鎖」と「タンパク質」を反応化学で結びつけ、膜での動き(膜動態)を理解・制御する技術「糖鎖ケミカルノックイン」の確立を目指します。

人工糖鎖で糖鎖とタンパク質に働きかけ、細胞膜の動きを制御
人工糖鎖

人工糖鎖

人工合成された糖鎖。
反応化学で変化させられる構造/機能を組み込むことも出来る。

×

膜動態

膜動態

他の生体分子との相互作用などを通じて、糖タンパク質や脂質が示す膜での動き。

糖鎖ケミカルノックイン

糖鎖ケミカルノックイン

技術開発中

人工糖鎖とタンパク質が結合することで、細胞膜を構成している脂質や他の生体分子との相互作用が変化。膜動態を人為的に制御し、理解する技術。

「糖鎖ケミカルノックイン」は膜動態に対して働きかける技術です。たとえば「エクソソーム」と呼ばれる膜動態の一形態にも利用できます。

エクソソーム

エクソソーム

細胞から分泌される細胞外小胞。
膜動態の一形態で、膜のカプセルのようなもの。細胞と同じく細胞膜と中身を持ち、細胞間の情報のやりとりに利用されている。

3つの課題

分野融合的に進める
「つくる」「みる」「あやつる」
の3課題

  • 反応化学
    +
    合成化学

    つくる

    糖鎖修飾タンパク質を
    膜上で「つくる」

  • 生命科学

    みる

    化学プローブでタンパク質膜動態の
    糖鎖制御を
    「みる」

  • 反応化学
    +
    生命科学

    あやつる

    糖鎖修飾と外部刺激で
    タンパク質膜動態を
    「あやつる」

※担当研究員は研究チームへ。

糖鎖修飾タンパク質を膜上で「つくる」

分野:反応化学+合成化学

研究中:同一条件の糖タンパク質でも生体内で糖鎖は不均一で解析・制御が難しいが、技術開発中の「人工糖鎖で化学合成」で生体内でも糖鎖を均一にすると、解析・制御が可能になる。

糖タンパク質を化学的に「つくる」方法論を開拓します。
糖鎖は構造多様性が高く、しかも生体内では不均一に存在し、同じタンパク質の同じ位置の糖鎖ですら構造が異なります。これが原因で、糖鎖機能の分子レベルでの解析は進んでいません。
本研究では、化学合成により純粋な糖鎖をさまざまに供給し、均一構造の糖鎖を膜タンパク質に正確に導入する技術の開発を行います。これにより、糖鎖が膜動態に及ぼす影響を分子レベルで解析・制御可能とするための物質基盤を築きます。

研究例
合成均質糖鎖ライブラリの構築/膜タンパク質―糖鎖連結法の開発

化学プローブでタンパク質膜動態の糖鎖制御を「みる」

分野:生命科学

研究中:糖タンパク質の挙動がわかりづらいが、技術開発中の「目印」をつけることで、糖タンパク質の挙動がわかりやすくなり、解析がしやすくなる。

化学のアプローチを用いて、糖鎖による膜タンパク質の動態制御機構を「みる」研究を行います。
膜タンパク質の細胞内動態は、細胞の生理機能の維持や病気の発症に大きく関わります。
一方、膜タンパク質に結合している糖鎖が、どのようにしてその動態を制御しているかは十分に明らかにされていません。
本研究では、蛍光の色が変化するタンパク質標識プローブを開発することで、膜タンパク質の細胞内への内在化や、エクソソームの細胞内取込みを可視化し、糖鎖による制御機構を明らかにします。更には、糖鎖と相互作用し膜タンパク質の動態を制御する生体分子を同定するために、光駆動型リレー反応を引き起こす生体適合触媒(光触媒+有機触媒)を開発します。

研究例
膜動態イメージング系の確立/光駆動型近接標識法および糖鎖相互作用の化学的検出法の開発/膜タンパク糖鎖の相互作用解析

糖鎖修飾と外部刺激でタンパク質膜動態を「あやつる」

分野:反応化学+生命科学

研究中:細胞同士が自由にコミュニケーションしているが、技術開発中の「人工糖鎖で化学合成」で細胞同士のコミュニケーションを制御、指示された情報交換のみをする。

糖タンパク質の機能や生体膜上での挙動を操作する技術の開発を目指します。
糖鎖はタンパク質同士あるいは細胞間コミュニケーションにおいて分子認識に関わっています。糖鎖とタンパク質を連結する化学反応を開発することで、糖鎖の分子認識機能を利用してタンパク質の働く場所を操れるようになると期待できます。
また、糖鎖の選択的化学変換を開発し外部刺激に応答する修飾を施すことができれば、糖鎖機能の時空間的制御が可能となります。
エクソソームを一つの研究対象として取り上げ、「つくる」研究、「みる」研究と併せて膜動態を「あやつる」ことで、新たな生命科学現象の発見と創出を促します。

研究例
エクソソーム組込み糖タンパク質の合成/合成後糖鎖修飾法および刺激応答型合成糖鎖の開発/エクソソーム組込み糖タンパク質の膜動態解析

研究の応用先

膜動態の一形態であるエクソソームは癌転移、免疫細胞の活性化、神経変性疾患などの生命現象や病態に関わり、糖タンパク質の糖鎖はエンドサイトーシスやエクソソームの細胞間移行などの制御に関わることが知られています。
タンパク質の糖鎖修飾に基づき膜動態を理解・制御しようとする本領域研究は、癌などの疾病診断や薬物送達系「ドラッグデリバリーシステム」への応用が期待されます。

応用例
細胞間のやりとりに利用される
エクソソームを利用した
「ドラッグデリバリーシステム」

細胞からとってきた「エクソソーム(膜カプセル)」に薬を詰め込む

エクソソームに薬をいれる

薬をいれた膜カプセルが働く場所を「糖鎖ケミカルノックイン」の技術でコントロール

人工糖鎖を利用し、薬の入ったエクソソームをコントロール

この研究が人の役にたつことを願います

薬を必要な場所だけで働くように制御し、副作用を抑えるといったこともできるかもしれません。

研究のご支援をお願いします

「糖鎖ケミカルノックインが拓く膜動態制御」(略称:糖化学ノックイン)は、
令和3年8月に学術変革領域研究(B)として発足しました。
領域終了後にも継続的に研究を行うべく、皆様からの温かいご支援をお待ちしております。

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